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CL決勝MVPクルトワを鍛え上げた仕掛け人、ルイス・ジョピスとは?


目次[非表示]

  1. 1.はじめに
  2. 2.GKコーチ20年のキャリア、ジョピスのプロフィール
    1. 2.1.レアル・マドリードの面接に合格し、ヘッドハンティング
    2. 2.2.ケイラー・ナバスを鍛え上げた独自の練習方、「ジョピス・メソッド」
  3. 3.レアル・ソシエダでも見せた存在感
  4. 4.「ゲーム状況を練習していないGKに試合で正解を求めるのは酷」
  5. 5.GKもフィールドプレーヤーの一人として捉えた先駆者
    1. 5.1.全てのトレーニングを撮影し、細かく分析
    2. 5.2.対戦相手も細部まで。PK分析がCL優勝に貢献
  6. 6.最後に
  7. 7.関連記事

はじめに

レアル・マドリードの絶対的守護神、ベルギー代表GKティボー・クルトワ。

2021/22チャンピオンズリーグ(CL)決勝で決勝史上最多となる9セーブでリヴァプールを抑え込み、2021/22プレミアリーグで94ゴールを叩き出した破壊力抜群のチームを相手にクリーンシート達成。

決勝でのリバプールのスタッツはシュート数23、枠内シュートは数は9。その全てをセーブ。

59分のヴィニシウス弾で逃げ切ったレアル・マドリードを優勝に導き、文句なしの決勝MVPに輝いた。

The BEST goalkeeping display in a FINAL | Courtois Champions League

オリヴァー・カーン(2001年)、エドウィン・ファン・デル・サール(2008年)、ピーター・チェフ(2012年)に続き、CL決勝でMVPに選ばれた4人目のGKとして歴史に名を刻んだ。

そして、スペイン紙『AS』のデータによれば、大会を通して達成したセーブは59本。

2位のビジャレアルGKヘロニモ・ルジが41本、18本の差をつけて堂々の1位となった。

  Ranking paradas del portero jugadores Champions League 2021/2022 - AS.com Consulta el ranking de paradas del portero de los jugadores en la competici坦n Champions League 2021/2022 en AS.com AS.com


同じくスペイン紙『AS』のデータによれば、クルトワのレアル・マドリード加入後CLにおけるセーブ数は、以下の通りである。

・2018/19シーズン
20セーブ
・2019/20シーズン
20セーブ
・2020/21シーズン
26セーブ
・2021/22シーズン
59セーブ


最多セーブを記録した昨シーズンの倍を上回る驚異的な数字。

今シーズン、クルトワにどんな変化があったのか。

2021年の夏、6年越しにレアル・マドリードに復帰したカルロ・アンチェロッティ監督や、前回の記事で紹介した、チーム全体のフィジカルを限界まで引き上げたアントニオ・ピントゥスの再就任の影響も大きいであろう。

【合わせて読みたい】リーガ&CL優勝 R・マドリード成功の影の立役者、アントニオ・ピントゥスとは?

だが、名手クルトワのパフォーマンスが飛躍的にアップしたのは、スペインで最も高く評価されているGKコーチの一人であるルイス・ジョピスの再就任が一番の要因であろう。

クルトワは、下の動画を「努力は報われる」のツイートと一緒に、感謝の意も含めジョピスのアカウントをメンションして投稿した。


クルトワの神がかった反射神経と動体視力が生みだす数々のスーパーセーブ。その中に生まれた、マンチェスター・シティMFグリーリッシュの左足シュートをつま先で弾いたセーブは名GKコーチとのトレーニングの賜物でもあったのだ。

世界最高峰の名手の能力をさらに引き上げる「GKコーチ」、ルイス・ジョピスとは?

GKコーチ20年のキャリア、ジョピスのプロフィール


ラ・リーガ古豪レアル・ソシエダが拠点を置く、バスク地方の美食の街サンセバスチャン。

ジョピスは、そこからわずか9キロメートルのところにあるエルナーニ(ギプスコア県)という村の出身である。

現役時代はテルセーラ(スペイン4部)でGKとしてプレーしていたが、腓骨を負傷してしまい早めの引退を余儀なくされた。セカンドキャリアは勉学に励み、自身のGKトレーニング哲学を広めるために講演や演説に明け暮れた。現場は地元エルナーニ(4部)や同じくギプスコア県のレアル・ウニオン(3部)などでGKコーチを務め、2003年からレアル・ソシエダ下部組織のGKコーチを2年間務めた。


レアル・マドリードの面接に合格し、ヘッドハンティング

2005年、INEF(国立体育大学)の教授とともに「GKトレーニングのグローバルメソッド」の本を出版し、人生の転機が訪れた。

レアル・ソシエダでの仕事ぶりが評価され、ジョピスはレアル・マドリードの本拠地サンティアゴ・ベルナベウで面接を受ける事になった。自身のGKトレーニング哲学を熱弁した結果、レアル・マドリードBチームのRMカスティージャのGKコーチとしてヘッドハンティングされた。

2008年からはホアキン・カパロス監督がアスレティック・ビルバオに就任した際にトップチームのGKコーチとして引き抜かれ、カパロス監督とともにレバンテ、グラナダを一緒に渡り歩いた。


ケイラー・ナバスを鍛え上げた独自の練習方、「ジョピス・メソッド」

ジョピスは、現パリ・サンジェルマンのGKケイラー・ナバス(コスタリカ代表)をレバンテ時代に世界屈指のキーパーへと成長させ、2014年のレアル・マドリード入団に導いたと言っても過言ではない。ナバス本人も「彼のおかげで私は良いGK」と認めている。

そして2015年、再びレアル・マドリードの下部組織に復帰し、当時RMカスティージャを率いていたジダン監督と手を組んだ。シーズン半ばに解任されたベニテス監督の後釜としてジダン監督が就任したと同時に、ジョピスはついに白い巨人のトップチームGKコーチまで上り詰めた。

ジョピスの革新的なトレーニングメソッドは、すぐさまメディアの注目も浴びた。

スペイン紙『アス』が特集した記事には以下の練習法が記載されている。

  El m辿todo Llopis para afilar a Keylor Navas en UCLA Real Madrid: Realizan ejercicios con bal坦n, pesas y pelotas de tenis. Llopis no quiere relajaciones: espolea a los cuatro metas sin descanso. AS.com

・車のフロントワイパーのように左右に倒れるインフレータブル人形(Air Tom)を使い、軌道の読めないシュートを防ぐトレーニング。

・テニスボールを用いた反応能力向上のための様々な様式でのトレーニング。(以下の動画)

・ケトルベル(取っ手付きのダンベル)を掴み、バランスボールに座った状態でセービングを行うパワートレーニング。


レアル・マドリードで恩師ジョピスと再開したケイラー・ナバスは、数々のミラクルセーブでチームの救世主として輝きを見せ、前人未到のCL3連覇を遂げた。

レアル・ソシエダでも見せた存在感

ジダン監督が辞任を発表した2018年、ジョピスは古巣レアル・ソシエダからオファーを提示され、受け入れた。新天地でもコーチスタッフなどのクラブ関係者が「ジョピス・メソッド」に感心し、メディアがそれを伝えていた。

  El efecto Luis Llopis ya se deja notar en Zubieta Luis Llopis (Hernani, 1964) ten鱈a ganas de volver a casa despu辿s de mucho tiempo fuera. Quer鱈a celebrar con sus amigos de toda la vida los triunfos de la Real y no Mundo Deportivo

ENTRENAMIENTO | Los guardianes de la portería 09/07/2019


2020年11月26日、『ムンド・デポルティーボ』はスコアレスドローで終わったアルクマール(オランダ)とのヨーロッパリーグ(EL)戦についてGKアレックス・レミロの活躍とジョピスの影響を以下のように結びつけている。

  Milagro por colocaci坦n Es lo que tiene jugar cada tres d鱈as en Liga y en Europa League, que el domingo puedes tener una tarde pl叩cida en la que el C叩diz ni siquiera te tira a puerta y el Mundo Deportivo

「セーブ不可能に見えたが... その瞬間、ジョピスのテニスボール訓練が報われた」

動画(0:31-)

「前半、アルクマールが迎えたゴールチャンスは、救世主アレックス・レミロのセーブによってコーナーキックに逃れられた。ゴール正面からのシュートがオヤルサバルに触れ軌道が変わってしまい、セーブ不可能に見えたが... その瞬間、ルイス・ジョピスのテニスボールトレーニングが報われた。反応するには困難な体勢だったにもかかわらず、脅威の反射神経でチームを救った。」

動画(0:54-)

「後半、コーナーキックからアルクマールがゴールチャンスを迎えた。セカンドボールをデ・ウィトが拾い、ダイレクトでハーフボレーを一閃。ここでもアルクマールの寒い夜に天使が降臨した。アレックス・レミロはシュートの瞬間に一歩左に動いてしまい、ポジショニングから見てゴールは不可避に見えた。しかし、またしてもジョピスによって鍛えられた反射神経がレアル・ソシエダを救った」


アレックス・レミロは翌年の2021/22、35試合32失点でリーガ最小失点GKランキング5位でシーズンを終えた。これより更にすごいデータがある:レミロは19試合クリーンシートを達成し、ランキング1位に輝いた。


過去の実績も含め、先発GKアレックス・レミロのパフォーマンスを向上させるなど、直近のレアル・ソシエダでの3シーズンによってジョピスの株は更に上がり、2021年レアル・マドリードのトップチームに再就任した。


「ゲーム状況を練習していないGKに試合で正解を求めるのは酷」

FWがゴールチャンスを外しても許されるが、GKのミスは厳しいジャッジを受けるのが万国共通と言って良い。

引退後、スペイン全国を旅回り、レアル・マドリードやアトレティコ・マドリードを含む数多の名門クラブを視察した結果、ジョピスはバルセロナでフランス・フックに出会った。エドウィン・ファン・デル・サールを初めビクトル・バルデスやダビド・デ・ヘアなどトップGKを指導し、世界最高のGKコーチと謳われている。この出会いからジョピスの価値観が180度変わった。

【合わせて読みたい】ゴールキーパーに求められるタスク


「昔は、GKを指導するに当たるトレーニングメニューは試合と無縁のプランニングだった。つまり、ゲームにおいて意味の無い、非現実的なディフェンシブパターンを叩き込まれていた。ゲーム状況を練習していないGKに試合で正しい判断を求めるのは酷だ。試合当日、GKは練習で体験しているゲームの状況で正解を出すべきなのに、練習したこともないゲームの状況に正解を求めることはできない。だからGKはチームメイト全員と一緒に練習し、仲間の特徴を把握し、対戦相手が迎える攻撃の選択肢を知る必要もある。それはアレビン(U12)世代から落とし込まなければいけない。そうしてより早く次の動きが読めるGKを育てられる」

Luis Llopis, 2008/09/25 EL CORREO インタビューにて


GKもフィールドプレーヤーの一人として捉えた先駆者

サイドバックが上がればボランチやセンターバックがカバーリングに入るように、GKもまた然り。ポゼッションを重視するペップ・グアルディオラ監督はバルセロナ、バイエルン、マンチェスター・シティなど率いてきた全てのチームでGKを11人目のフィールドプレーヤーとして扱ってきた。しかし、ジョピスはこのセオリーをグアルディオラ監督より先に実践し、キーパーたちに落とし込んできた。

アスレティック・ビルバオ時代に受けた『エル・コレオ』のインタビューでジョピスはこう語っている。

  Llopis y la revoluci坦n El nuevo entrenador de porteros del Athletic busca un guardameta 束m叩s t叩ctico損 e involucrado en el juego El Correo

「私の目的は長年ピッチにおいてパッシブ(受動)プレーヤーだったGKが、アクティブ(能動)プレーヤーに変わること。カバーリングもこなし、サイドバックをサポートしたり、カウンターを自ら始めるなど。サイドバックが不利な状況なのにGKが遠くから呑気に眺めている、論外だ。GKもいちフィールドプレーヤーだということを自覚してもらいたい。例えば、スサエタがマークを剥がしたならば、即座にパスを送る。もしくは、ハビ・マルティネスに縦パスが通れば、すぐさまサイドで構えるダビド・ロペスに展開されるだろうという知識が必要となる」


全てのトレーニングを撮影し、細かく分析

今でこそ練習の撮影などはさほど珍しくない。しかし、2000年代前半にそこまで綿密に分析するGKコーチはいなかった。だからこそ、2005年に当時レアル・マドリードの強化部長を務めていたアリゴ・サッキはジョピスに感銘を受け、ヘッドハンティングしたのだろう。レアル・マドリードの公式YouTubeで「トレーニングの撮影?キャリア当初から始め出した」と公言しているジョピスは、同じく『エル・コレオ』のインタビューで以下のように説明している。


「撮影するのはセービングテクニックだけでなく、手でパスするロングボールやグラウンダー、パンチング... そして定期的にGKとミーティングを行う。プレシーズン中はゴルカ(イライソス)やイニャキ(ラフエンテ)と一緒に映像を見て、自分達の癖に気付いたりして最初は驚いていた。そのおかげで悪い部分を修正できたりする」


対戦相手も細部まで。PK分析がCL優勝に貢献

映像チェックは味方のみならず、対戦相手のチェックも抜かりない。ことPKにおいては、対戦相手キッカーの癖や得意なコースをGKに教えるだけでなく、相手GKの習慣や特徴をキッカーに教え、蹴るコースのアドバイスをしたりもする。実際、アトレティコ・マドリードとの2016年CL決勝PK戦ではレアル・マドリードが5本とも全て決め、多数のメディアがジョピスを「影の立役者」として取り上げている。


2018年1月、ケイラー・ナバスがPK20本の内9本止め(セーブ率45%)、リーガ歴代最高のPKストップスペシャリストに輝いたと『アス』が報じたが、まさにこの偉業もジョピスが影の立役者として働いたと断言できる。ナバス本人が以下のコメントでそう認めている。


「彼の存在は大きい。我々GKはすごく助かっている。常に色んな映像を準備してもらい、対戦相手の出方によってトレーニングを変えたり、ピッチ外でも働き詰めだから我々のパフォーマンスも向上させられる。彼と一緒に仕事ができてとても嬉しいよ」


最後に

既にワールドクラスだった選手が飛躍的にパフォーマンスをアップすることも可能だと示したクルトワだが、その裏にはまたワールドクラスのGKコーチの存在があった。

14度のCL優勝を果たしたレアル・マドリードでも、なかなか日の目を見ることのない「影の立役者」がいる。

大きな成果の裏には、必ずそこに関わる様々な分野のプロフェッショナルな「コーチングスタッフ」の存在がある。

「コーチングスタッフ」はスペイン語では【Cuerpo técnico(クエルポ・テクニコ)】と呼ばれ、直訳すると「テクニカルボディ=テクニカルスタッフ」。クエルポは日本語で「体(ボディ)」を意味し、テクニカルスタッフには、監督・そしてチームの「体」の一部となれるような人材が必要である。

彼らの個々の能力の結束がチームの結果を左右していることを改めて考えさせられる21-22シーズンであったのではないだろうか。


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杉森正人

杉森正人

スペイン・マドリード在住スペイン生まれの日本人。スペイン4大サッカー紙のひとつMARCA(マルカ)で記者としてインターンを経験。在籍時には、スペイン語・日本語の2カ国語をネイティブレベルに扱える強みを活かしたサッカー記事を執筆。現在は現地コーディネート会社に勤める。

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